由禧(よしき)先生
正義
2026/01/02 21:57:44
――「正義」が教えてくれた、境界という誠実さ
ふと気づいてしまった。
私は、人間の体臭が苦手だ。
他人のものも、自分自身のものも。
これまで何となく感じていた違和感が、言葉になった瞬間だった。
人と近づきすぎると、息が詰まる。
触れ合うことで安心する人がいる一方で、私は逆に消耗してしまう。
それを「冷たい性格なのだろう」「人として欠けているのではないか」と、
長い間どこかで責めてきた。
けれど、その時は違った。
責める代わりに、ただ「そうだったのか」と理解が訪れた。
◇感覚には、善悪がない
嗅覚や触覚、距離感への感受性は、人それぞれ違う。
私はたまたま、そこがとても繊細だっただけだ。
向いていない場所で無理をすると、人は自分を壊す__
それは努力不足でも、愛情不足でもない。
触れない=愛がない、ではなかった
私が欲しかったのは、濃密なスキンシップではなかった。
ただ、楽しい波動で側にいること。
穏やかな距離を保ちながら、同じ空間を共有すること。
言葉の選び方、所作の丁寧さ、沈黙の質。
そうした微細なものの中で、人を感じていた。
触れないことで、むしろ相手を正確に見られる。
混ざりすぎないからこそ、歪めずに尊重できる__
それが、私にとっての「愛」だったのだと思う。
◇「正義」というカードの再定義
タロットの11番「正義」は、裁きのカードだと思われがちだ。
白黒をつけ、是非を決め、間違いを正す――
そんなイメージが強い。
けれど、私にとっての正義は少し違う。
正義とは、
「自分の感覚に対して責任を持つこと」。
誰かを断罪する剣ではなく、
自分の内側を測る秤。
「あなたが悪い」のではなく、
「これは私には過剰だった」。
その違いを、正確に引き受ける勇気。
それが、成熟した正義なのだと思う。
誰も悪者にしないまま
境界を持つという誠実さ
境界線を引くことは、冷たさではない。
むしろ、それは誠実さだ。
無理をして近づき、
いつか爆発したり、
無意識に相手を責めたりするくらいなら、
最初から適切な距離を保つ方が、ずっと優しい。
触れないことで、愛せる人もいる。
それは欠如ではなく、ひとつの完成形だ。
私はこれから、非接触の関係性を大切にして生きていく。
静かで、清潔で、境界のはっきりした世界。
そこでこそ、私は人を愛せる。
それは逃避ではなく、選択。
「正義」が示す、私なりの公平さ。
楽しい波動で、側にいる。
それだけで十分な関係が、確かに存在する。
由禧(よしき)
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- 【性別】
- 女性
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- 【鑑定歴】
- 1-2年
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- 【鑑定の雰囲気】
- とても話しやすい
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- カメレオン憑依による心の代弁 親子問題・子供の未来、可能性のサポート 文殊菩薩が照らす導き
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