由禧(よしき)先生
救済依存から、信頼へ
2025/10/20 22:17:49
苦しそうな人を見ると、なんとかしてあげたくなる。
それはずっと、「優しさ」だと思っていました__
けれど今振り返ると__あの頃の私は
「救うことで自分の存在を確かめようとしていた」のかもしれません。
誰かを救うことが、私の役割であり、価値だった。
そう信じていたからこそ、相手の痛みを自分の中に
引き受けてしまっていたのだと思います。
■仲裁に入った日のこと
ある日、生徒同士の小さな喧嘩がありました。
ほんの些細な誤解がきっかけで、口も利かなくなってしまった二人。
お互いに気まずくて素直になれず、時間だけが過ぎていきました。
以前の私なら、きっとすぐに動いていたでしょう。
「早く仲直りさせなくちゃ」「関係が壊れたら可哀想」と。
でもそのとき、なぜか胸の奥でブレーキがかかったのです。
「仲直りするもしないも、最終的にはあなたたちの問題。
私は介入しないよ」
そう伝えて、私は見守ることにしました。
無理に繋ごうとせず、焦らず、
ただ彼女たちの選択を信じて。
もちろん、どちらの生徒とも個別に会話はしていました。
だけど「仲直りした方がいいよ」とは一言も言わなかった。
ただ、
「私は後悔したくないから、お互い誤解してる事実だけ伝えるね」
とだけ伝え、
後の判断は二人に委ねたのです。
■“待つ”という関わり
2ヶ月ほど経ったある日。
授業が終わったタイミングで、二人がそろって私と塾長の前に現れました。
「仲直りしましたー!すみませんでした!」
思わず私は、カメラを構えるジェスチャーをしてしまいました。
まるでドラマのワンシーンのように、
二人が照れくさそうに笑いながら並んでいる。
その光景があまりにも愛おしくて、
胸の奥がじんわりと温かくなったのを覚えています。
ハラハラしながらも、私も塾長も、他の先生方も、
あの二人を信じて待っていた。
誰も無理に仲直りさせようとしなかった。
ただ、それぞれの時間の中で、
二人が自分の心に向き合うのを待っていた。
そして彼女たちは、自分たちの力で「和解」を選んだ。
その瞬間、私は確かに「成長」を見たのです。
■救済ではなく、尊重へ
その出来事を通して、私はようやく理解しました。
“助ける”ことと、“信じる”ことは、似て非なるものだと。
救おうとするとき、私たちは無意識のうちに
「相手を弱者として扱う」ことがあります。
「あなたには私が必要」という構図の中で、
どちらかが“上”に立ってしまう。
けれど本当の優しさは、そこにはない。
本当にその人を尊重するとは、
「あなたには乗り越える力がある」
と強く信じ、寄り添うこと。
沈黙の中で見守ることこそ、
いちばん勇気のいる“愛のかたち”なのだと気づかされました。
■救済依存という鏡
「救いたい」という衝動の裏には、
「救わなければ自分の存在に意味がない」
という恐れが潜んでいました。
けれど、相手を信じられるようになると、
不思議と自分への信頼も育っていく。
あの日以来、私は人を“助ける”よりも、
“信じて待つ”ことを積極的に選ぶようになりました。
そこに生まれる静けさの中で、
初めて“共感”というものを実感できたのです。
■結びに
人は、他人に救われて変わるのではなく、
自分の中の力に気づいたとき、ほんとうに変わります。
そしてその瞬間に立ち会えること。
それが、私がいま「占い師」としてこの道にいる理由でもあるのかもしれません。
「救済」ではなく「信頼」へ。
助けることを手放した先に、
ほんとうの優しさが、そっと待っていました。
由禧(よしき)
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- 【性別】
- 女性
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- 【鑑定歴】
- 1-2年
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- とても話しやすい
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- カメレオン憑依による心の代弁 親子問題・子供の未来、可能性のサポート 文殊菩薩が照らす導き
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