由禧(よしき)先生

太陽に還る

2025/10/20 07:10:04

義母の影を超えて__




「妻」でも「母」でもなく、

ひとりの“私”として生きる光に還るまでに、19年かかった。




家族という名の影の中で、私はずっと「誰かの役」を演じていた。

でも、ようやくわかった。

本当の家族とは、“尊重”という愛で結ばれるものだということを__






◇義母という鏡




夫のマザコンは、もう「深刻な洗脳」と言っていいほどのものだと思う。

夫の中では、母親が絶対であり、母の価値観が世界の中心。

私は結婚の初期から、すでに「妻」ではなく「義母の代役」だった。





義母は一見、とても人当たりが良く、周囲に気を配るタイプに見える。

けれどその内側には、明確な線引きがある。




人を「個性」ではなく、「使えるかどうか」で判断している。

義父も同じ。

人を喜ばせようとか、無償で与えようという気持ちはなく、

すべてが「損か得か」で測られている。




彼らは、愛されることは知っていても、

「愛すること」は知らないのだ。






私はもう、その構造の中で「義母役」を演じるのをやめた。



けれど夫は変わらない。



仮に変わったとしても、彼が私を見ているのは、

“母に似ている部分”だけ。




母を超えて、私自身を見ることはきっと一生できないだろう。






◇19年という夢




かつて私は、夫との違いを面白がっていた。

けれど最近は、その「違い」を面白がることができなくなった。




夫の感性や言葉が、どこか別の世界の言語のように感じられる。





19年。



家族を作るために、

私は私を後回しにしてきた19年だった。




「新しい家族を作る」という夢に、

私自身が恋をしていたのだ。





でも今思う。

あの恋は叶っていた。

娘たちを授かり、育て、愛し、尊重する家族を築けた。




だから今の私は、満たされた上で目が覚めた。

娘たちを産んだ後悔は、ひとつもない。







◇私が求めていた「家族」





結婚に後悔があるとすれば、

「夫」をよく見ずに、

「家族を作る」という理想だけを見ていたこと。




安定した職業や社会的な肩書きを、

安心の象徴と錯覚してしまったこと。




けれど本当は、私は「安定」を求めていたのではなく、

「尊重し合える関係」を求めていたのだ。




私を尊重してくれて、私も尊重できて、

“好き”だと正直に言い続けられる家族。





その理想を胸に、私は娘たちを尊重して育てた。

毒親について学び、機能不全家族の構造を解き、

自分の原家族を分析し、祖父母の世代まで遡った。






「なぜ私は、こんなにも家族にこだわるのか」





その答えは単純だった。




私は、“尊重”という愛を知りたかったのだ。







◇尊重という愛





娘たちはいつも私を尊重してくれるわけではない。

人間だもの。それは私も同じ。

いつも自分を犠牲にして相手の都合にばかり合わせるのでは

自己尊重が抜けてしまう。




生意気だし、困ることもある。

けれど、私は彼女たちを「好き」だ。

存在そのものとして、好き。

それは、どんなにぶつかっても揺るがない。





夫には、その「揺るがない好き」が生まれなかった。



私は夫自身の意向や夫の自由を尊重してきた。

勿論、家族を運営していく上での重要なパートナーであり、

娘たちにとっては唯一無二の父であるから

それなりの責務は負ってもらっている。

それは私とて同じ。




でも、彼の自由は「無関心」へと変わっていった__

彼は自分の内側に閉じこもる人で、

それは悪意ではなく…

ただ“人と響き合う方法”を知らないだけなのだと思うけれど。




とはいえ、無関心な性格を治そうとすることはもう出来ないし…

それは私の仕事ではない。



彼が娘たちの可愛い姿をカメラに収めようとしたことはほぼほぼない。

興味を持たない。

積極的に話しかけることもない。

娘たちの好きなものや日頃の生活について、一切関心がない。

基本、酒と筋トレにしか強い興味を示さない。



なのに、いざ娘が失敗したり気に食わない態度を示そうものなら

容赦なく制圧する。




その独善的な態度にたまりかねて

「普段から娘たちに興味関心を持ってあげず、

 信頼関係を築けていないのに、

 急に独善的な言葉を押し付けて言うことを聞かそうとしても

 聞いてくれるわけがない。 
 
 
 言っていることが正しくても、

 その関係性で一方的に放つその言葉は

 『正義の皮を被った暴力』になるんだよ。」


と伝えることもあった。


さすがにその件に関してはぐうの音もでない…という感じの反応の後、

改めてくれたが、


それでも__

彼の根本はおそらく変わらない。



彼は「母の声」で生きる人。

私は「私の声」で生きる人。



彼自身が義母に興味関心を持たれず、

ただ手のかからない「いい子」のまま、今に至っているのだろう。

自分の趣味に没頭し、義母を煩わせなければそれでいい、と。

人を尊重する事を学ぶこともなく__

義母の価値観に沿ってさえいれば後は何をしていても良い、と__

そんな偏った『条件付きの愛』で育てられてきたのだろう。

 

その差が、魂の立つ場所の違いだと__今、わかる。





◇太陽に還る





19という数字は、タロットで「太陽」。

家族という影の中で生きてきた私が、

ようやく自分の光を取り戻すための19年だったのだ。





もう、義母の影を見て生きる必要はない。

夫の中の“母”を癒やそうとする必要もない。




私は、母でも妻でもなく、

「由禧」という太陽として生きるためにここにいる。






愛とは、同化でも支配でもない。




差異をそのまま受け入れ、

相手の自由と自分の自由が並んで立つこと。





私は、ようやくそれを知った。

そして、私の中の太陽が静かに昇り始めた。






由禧(よしき)

由禧(よしき)先生
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由禧(よしき)先生
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  • 【性別】
    女性
  • 【鑑定歴】
    1-2年
  • 【鑑定の雰囲気】
    とても話しやすい
  • カメレオン憑依による心の代弁 親子問題・子供の未来、可能性のサポート 文殊菩薩が照らす導き
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