由禧(よしき)先生
外から来る“心配”の呪いをほどく
2025/10/17 19:39:35
自分の真実を生きるための覚醒の体験__
誰かの「心配」に振り回されて、
自分の感覚や判断が揺れることはありませんか?
私は長い間、母親たちの世界観に巻き込まれ、
無意識のうちに他人の不安を自分の責任として背負っていました。
でもある日、ふと気づいたのです――
その“心配”の多くは、
実は相手自身の不安や優越感の投影に過ぎなかったことに。
そこから私は、
自分の内側に静かで揺るぎない光を取り戻す旅を始めました。
この記事は、その気づきと覚醒の体験を綴ったものです。
__最近、気づいてしまった。
人の「大丈夫?」「困ったわね」という言葉の奥に、
どれほど多くの“恐れ”と“優越感”が混ざっていたのかを。
私はこれまで、そうした言葉を
「親切」や「共感」だと思って受け取ってきた。
けれど実際には、
それらの多くが“他人の不安”という名の種を、
私の心の畑にまき散らす行為だったのだ__
たとえば先日、偶然出会ったママ友さん。
雑談の中で、うちの長女の体型を少し太めに見積もって話し始めた。
私は「まあ、そんなにでもないけどな」と思いながら聞いていた。
すると、彼女は自分の娘さんの話へと続けた。
「うちはお菓子を制限してるの。
太らせないと生理が来ないのよ、困ったわ〜」
と。
その瞬間、何かがはっきり見えた。
——この人の世界は、いつも“危機感”を中心に回っている。
「太っている/痩せている」
「早い/遅い」
「普通/異常」
__そのどれもが、彼女の中で
“自分の位置”を確かめるための指標になっている。
そして彼女はその世界観を、
私にも共有させようとしていたのだ。
「え、あなたのところは大丈夫?」と
心配するふりをしながら。
私はこれまで、そうした“心配の形をした呪い”に
何度も何度も引っかかってきた。
義母にも、実母にも、同じ構図があった。
「あなたのやり方で大丈夫?」
「そんなふうにしてたら、あとで困るわよ」
——その言葉の背後にあったのは、愛ではなく恐れ。
そして、恐れを他人に投げかけることで安心したいという欲望。
今なら、彼女たちの仕組みがよくわかる。
“困っている”ように見せながら、
「私はちゃんと気にしている」
「私は正しく努力している」
という『自己価値の演出』をしているのだ__
心配の言葉は、他人を支配するためのやわらかな道具。
「気にしないとヤバいよ?」という一言で、
相手の心をぐらつかせ、自分の方が上だと感じられる。
けれど、私はもうその構造を見抜いた。
そして、そこから静かに抜け出すことを選んだ。
「太っている」「痩せている」「普通」「変わっている」
——そんなラベルがどうでもよくなるほど、
いまの私は自分と娘の“自然なリズム”を信じている。
外からの評価ではなく、
身体の声、心の声、日々の小さな安心。
それだけを手がかりに、生きていけばいいのだと。
そう思えた瞬間、
私はもう他人の世界に“巻き込まれる人”ではなくなっていた。
エネルギーを吸い取られるような感覚も消えた。
相手がどんなに焦っても、どんなに心配を装っても、
私はただ静かに「それはあなたの世界の話」と見ていられる。
それは、冷たくなることではない。
むしろ、本当の共感が始まる地点だと思う。
相手の不安を自分の責任として引き受けないこと。
相手の物語に巻き込まれず、
その人の選んだ現実を尊重すること。
——それが、成熟した優しさなのだろう。
私は、やっと自分の中心に帰ってきた。
もう他人の心配の中で自分を測らない。
もう「気にしないとヤバいよ?」という呪いを信じない。
外の声にかき消されていた“私の現実”を、
ようやく取り戻せたのだ__
私はもう、他人の不安を自分の責任として引き受けない。
彼女たちの“心配”は、彼女たちの物語。
私は、私の真実を生きる。
由禧(よしき)
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- 【性別】
- 女性
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- 【鑑定歴】
- 1-2年
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- 【鑑定の雰囲気】
- とても話しやすい
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- カメレオン憑依による心の代弁 親子問題・子供の未来、可能性のサポート 文殊菩薩が照らす導き
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