由禧(よしき)先生

余白としての「空」

2025/09/09 21:31:37

私には、どうしても埋めようのない

「空(くう)」があります。




それは時に欠落のように見え、

どうにかして満たさねばならないと感じてきたものでした。





けれど最近、その「空」を

「余白」ととらえてみたのです。





すると、見え方が少しずつ変わってきました。





余白は、決して不足ではありません。

むしろ密にならないことで、

呼吸できる美しさや、全体のバランスを生み出す。






私の中には、いつもそうした余白があり、

そのおかげで生きていられるのかもしれない――




そう思うようになったのです。




絵を描くときのことを考えてみます。

ビビッドな線を激しく引くと、

その瞬間は力強く鮮烈です。

けれど、線を重ねに重ねていくと、

不思議なことに一線一線の鮮明さは失われていきます。



やがて線は面となり、

最後には描き潰された面が反転して、

黒いキャンバスそのもの=黒い「余白」となる。





そこには一種のパラドックスがあります。

描けば描くほど「空」が現れる。

足せば足すほど「余白」が広がっていく。





「塞翁が馬」という言葉があります。



幸と不幸、得と失は、いつも入れ替わり、

どちらが本当かはすぐには分からない。





思えば、私自身がその寓話のようです。

先日、コロナウイルスに感染。

身体のしんどさの中にありながら、

それでも夢と現実のあわいで、

この「空」と「余白」のことを考えていました。



ウィルスに感染して苦しまなければ、

このことに気づくことはなかったのかもしれない__



でも、気づかされたのです。苦しみによって。




もし埋めようのない「空」が

私の中にずっとあるのだとしたら__




それは同時に、自由で、やわらかく、広がりを持ち続ける


「余白」でもあるのだろう。






そう思うとき、たとえ黒いキャンバスに包まれていても、

その奥にある美しさを、信じてみたくなるのです。







由禧(よしき)

由禧(よしき)先生
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由禧(よしき)先生
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  • 【性別】
    女性
  • 【鑑定歴】
    1-2年
  • 【鑑定の雰囲気】
    とても話しやすい
  • カメレオン憑依による心の代弁 親子問題・子供の未来、可能性のサポート 文殊菩薩が照らす導き
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