由禧(よしき)先生
自然の神さまに出会う旅B
2025/07/27 20:16:50
火の神さま──燃やすものと、残るもの火は、私たちの暮らしの中で、最も身近な自然の力のひとつです。
あたたかさをくれたり、食事を調えてくれたり、闇を照らしてくれたり――
けれどひとたび暴れれば、すべてを焼き尽くしてしまう怖さも持ち合わせています。
そんな火の性質そのものを体現する神さまが、
日本神話に登場する「火之迦具土神(ヒノカグツチノカミ)」です。
カグツチさまは、火の神として生まれましたが、その誕生はあまりに激しいものでした。
火を産んだことで、母であるイザナミの身体は焼かれ、命を落としてしまったのです。
悲しみに暮れた父・イザナギは、怒りに任せてカグツチさまを剣で切り裂きました。
けれど、命を絶たれたその体や流れた血からは、新たな神々が生まれていきました。
山を司る神、鉄を鍛える神、そして雷の神――
つまり、破壊とともに「創造」が始まったのです。
カグツチさまは、「壊す神」ではありません。
「壊すことで、新しく始める神」なのです。
古来、日本の人々は、火をとても大切にしてきました。
囲炉裏の火を囲んで語り合い、神棚や仏壇の灯明に手を合わせ、
火を通じて神仏と心を通わせてきたのです。
それは、火を「生きもの」として見ていたからかもしれません。
消えてしまえば困るけれど、暴れすぎても困る。
だからこそ、火は祈りと共に扱われてきました。
火は「命の源」であると同時に、「試練の象徴」でもあります。
怒りや悔しさ、情熱、焦がれる想い――
私たちの心にも、目には見えない火がいつも燃えています。
ただ、その火が燃え広がるかどうかは、
自分自身のあり方にかかっているのだと思います。
自分を焼いてしまうほどの怒りに変えるのか。
それとも、内側で静かに灯し続ける情熱にするのか。
カグツチさまは、そうした「内なる火」との向き合い方を、
私たちに教えてくれているように思います。
ところで、火の神さまといえば、
仏教における「不動明王さま」の存在も思い出されます。
不動明王さまは、炎の後光を背にし、
怒りの形相で私たちをじっと見つめてくださる仏さまです。
その怒りは、私たちを裁くためのものではありません。
むしろ、煩悩や迷いを焼き尽くして、
進むべき道へと導くための「慈悲の炎」なのです。
不動明王さまは、燃える火のように「揺らがぬ心」で、
どんな迷いの中にある人も見捨てることなく、救ってくださる存在です。
その意味で、不動明王さまとカグツチさまは、とても似ています。
どちらも、「焼き尽くす力」を持っています。
けれどそれは、無意味な破壊ではなく、「変容させる力」なのです。
壊れてしまったからこそ、見えるものがあります。
焼き尽くされた大地から、やがて芽が出るように。
大きな喪失のあとには、かならず新しい光が差し込んできます。
火は、その過程を見守りながら、
私たちの奥にある「本当の強さ」を引き出そうとしてくれているのかもしれません。
私たちは、ときに迷い、ときに怒り__
ときに心を焦がすような思いを抱えながら生きています。
それでも、小さな火種を胸に抱いていれば__「心を燃やせ」れば__
きっと何度でも、立ち上がることができます。
火の神・カグツチさま。
そして不動明王さま。
お二人の存在は、どんな時も私たちの中にある「燃える力」を思い出させてくれます。
それは、誰かを傷つけるためではなく、自分自身の命を、よりよく生きるための火。
その火を大切にしながら、今日という一日を灯していけたら――
そんなふうに思うのです。
由禧(よしき)
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