由禧(よしき)先生

醜いのは誰だったのか?

2025/07/20 21:55:53

『みにくいアヒルの子』は、誰が“醜かった”のか?



子どもの頃に読んだアンデルセンの『みにくいアヒルの子』。



ずっとこれは「自分の本当の姿を見つけて、美しく羽ばたいていくお話」だと思っていた。

でも最近、ふと思ったんです。

――これって、アヒルの子を「みにくい」と決めつけた周囲の人たちこそが、実は“醜かった”んじゃないかって。



 



【ちがいを怖がる社会】



アヒルの子は、姿が他と違うというだけで拒絶される。

母親からも、兄弟からも、周りの動物たちからも…。



まるで「お前は仲間じゃない」と言わんばかりの視線と態度。

この構図、どこかで見たことがある。

そう、学校や職場、あるいは家庭でも。



人と違う。

空気が読めない。

見た目が変わっている。

声が大きい。無口すぎる。感受性が強い。



理由は何だっていい。

集団の「当たり前」から外れた存在は、簡単に排除の対象になる。

そんな人間の醜さを、この物語は“いじめられる側の視点”から浮き彫りにしてるんじゃないだろうか。



 



【正しさの名を借りた攻撃】



アヒルたちは「この子はおかしい」と言うことで、自分たちの正しさを守ろうとしている。

異質な存在を叩くことで、自分たちの価値を確認している。



それって、嫉妬や恐れや無知から来るものだと思う。

でも本人たちはそれに気づかず、むしろ「正しいことをしている」と思っている。



それが、一番怖い。



 



【そして、美しい羽ばたき】



物語の最後、アヒルの子は白鳥だったことを知る。

そして空へ羽ばたいていく。



――それを見て、かつて彼を見下していた者たちは、何を思っただろう?



気づくことさえないのかもしれない。

「白鳥だったから特別だったんだ」と、またラベルを貼って安心するのかもしれない。



でもきっと、心ある誰かは、ふと思う。



「あの時、自分はなぜあの子を笑ったんだろう?」



 



【醜いのは誰だったのか?】



『みにくいアヒルの子』は、

「本当の自分に出会うまでの孤独な旅路」を描いているように見えて、

実は、“排除する側”の私たちの姿を問うているのかもしれない。



どこかで誰かを排除した経験。

自分を守るために、誰かを“変な人”に仕立て上げた記憶。



そのことを、あのアヒルの子の目が、静かに私たちに問いかけてくる。



「本当に醜かったのは、誰だったの?」



【羽ばたく日がくる】



白鳥になるというのは、

「急に美しくなること」ではなくて、

自分の本質を思い出すことなんだと思う。



白鳥である資質は、ずっと内側にあった。

でもそれが見えるのは、長い孤独と探求の先。

そして、ふと自分の姿を水面に映したとき――

「これが私だったんだ」と気づく瞬間が、ようやく訪れる。



だから今、もし自分がどこかで「私は醜い」と感じているなら、

それはきっと、自分の中の白鳥がまだ眠っているだけ。



人から貼られたラベルや役割じゃなく、

本来の自分として羽ばたく日は、必ずみにくさの正体を暴く。



必ず。



あなた様が羽ばたく一助となれますように___

お待ちしております。




由禧(よしき)

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  • 【性別】
    女性
  • 【鑑定歴】
    1-2年
  • 【鑑定の雰囲気】
    とても話しやすい
  • カメレオン憑依による心の代弁 親子問題・子供の未来、可能性のサポート 文殊菩薩が照らす導き
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