由禧(よしき)先生

浦島太郎はなぜ“お爺さん”になったのか?

2025/07/19 20:51:32

誰もが一度は読んだことのある「浦島太郎」。

けれど私は、ふと思うのです。

この物語は、ただの昔話ではなく、

“魂の深い旅”を描いた、非常に象徴的な物語なのではないかと。



浦島太郎は、亀を助ける心優しい青年。

でもその優しさは、時に社会では生きづらさを招きます。

きっと太郎は、現実の冷たさに深く傷つき、生きる希望を失っていた。

そんなある日、彼は静かに海へ向かい、入水自殺を試みたのかもしれません。



その瞬間、亀が現れ、彼を竜宮城へと導く――

まるで神隠しのような展開ですが、これは「深層心理への潜行」と読むこともできます。



現実の意識が壊れかけたとき、人は無意識の世界へと沈んでいく。

そこで浦島太郎は、愛され、歓迎され、癒されていきます。





乙姫との出会い、竜宮城のやさしさ。

それは、現実にはなかったけれど、太郎の心が深く望んでいたもの――

「愛されたい」「安心したい」そんな願いが形になった世界だったのかもしれません。





やがて彼は、現実を思い出します。

かつての自分が背を向けてしまった家族のこと、心配してくれていた両親のこと。

そしてようやく気づくのです。

「自分は愛されていたのかもしれない」と。

死のうとしたことを、彼は本当に後悔していたのでしょう。

だからこそ、帰ることを決意するのです。





乙姫が手渡す「玉手箱」は、竜宮で得たもの、無意識の癒しの記憶を封じたもの。


「けっして開けてはなりません」という言葉は、

どこかで人の“振り返りたくなる性”を知っているようです。


黄泉の国で後ろを振り返ってしまったイザナギや、オルフェウスのように。

人は、禁じられても過去を覗かずにはいられない。



そして玉手箱を開け、浦島太郎はお爺さんになってしまいます――

これは一見すると悲劇。でも、私はこう思うのです。



帰ってきた世界に、もう両親はいません。


かつて彼が生きるのを諦めた現実世界は、もはや存在していない。



それは裏を返せば、「もうあの痛みの場所には戻らなくていい」ということ。



そして、太郎が本当に取り戻したものは、若さではなかった。

むしろ、竜宮城という心の奥底で初めて触れた

“自分が愛されていたという記憶”と、“かつての自分を赦すという感情”――





そしてその赦しの果てに、太郎は“お爺さん”という姿をまといながら、

若さという未熟さを手放した「賢者」へと変容したのかもしれません。




「捉え方」を変える事。

そのための自由な発想___それが「智慧」なのかもしれません。



今、実際に若い方でも、時折深く心の奥に沈み込んで考えていたり、

逆になんだか頭の中が空っぽになっていたり…

そんな状況を経験されているのではないかと思います。



「賢者」となった浦島太郎は、亀を助け続けるでしょう。

もう竜宮城には行けないとわかっていても。

それが乙姫からの、最高の贈り物だったのかもしれません。

「若さ」「地位」「名誉」…俗世間に溢れる「惑わすもの」の数々…

それを凌駕できるのものが玉手箱に込められていたのだとすると、

乙姫は浦島太郎にとって最高のメンターだったと解釈することもできるかもしれませんね。



___こんな風に、あなた様の人生、パートナーとの関係諸々…

様々な意味付け、解釈を一緒に行えるよう念を込め、

「今ここ」で絡み合って見えなくなっている問題をひも解いて参ります。

一緒にあなた様の物語に「めでたしめでたし」を添えてみませんか?




由禧(よしき)

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  • 【性別】
    女性
  • 【鑑定歴】
    1-2年
  • 【鑑定の雰囲気】
    とても話しやすい
  • カメレオン憑依による心の代弁 親子問題・子供の未来、可能性のサポート 文殊菩薩が照らす導き
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