由禧(よしき)先生
少女が”魔女”に勝った日
2025/07/16 13:26:44
暑いですね。身体が疲れると連動して心も疲弊しがちです。
ほんの少し現実から離れ…
一度は聞いたことのあるであろう童話に心を預け、
思いを巡らせながら気力を回復するのもまた乙なものです。
本日はドイツの童話『ヘンゼルとグレーテル』より。
『ヘンゼルとグレーテル』は、森に捨てられた兄妹が帰ってくる話です。
でも、もう一つの見方をすると、これはグレーテルが「母の影」と向き合い、自分の力を取り戻していく物語なのかもしれません。
物語の冒頭、子どもたちは「義母」によって、森へと捨てられます。
義母は冷たく、子どもたちの命を重荷のように扱い、父親の優しささえかき消してしまう存在です。
この義母は、お話の中ではっきり悪者として描かれてはいません。けれど、母という名前を持ちながら、愛を与えず、子を見捨てる――
まるで、子どもの心に残る“闇の母”のようです。
その存在は、「どうせ私は愛されない」「ここにいても仕方ない」と、子どもの心に深い痛みを残します。
そして森の奥で、もうひとつの“母”が現れます。
お菓子の家に住む魔女――甘く優しそうに見えて、近づくと飲み込み、命を奪おうとする存在です。
義母とは違い、今度は子どもたちを「閉じ込めて自分のものにしようとする」。
これは、優しさに見せかけた支配や、依存を生むような“偽りの愛”の姿かもしれません。
グレーテルは、この二人の“母なるもの”と対峙します。
自分を切り捨てた冷たい義母、そして、甘い顔で近づき飲み込もうとする魔女。
どちらも、子どもの心を縛り、傷つけてきた「闇の母」の側面。
けれど――
グレーテルはついに、魔女をかまどに突き飛ばします。
それはただ「悪者をやっつけた」という場面ではありません。
自分を愛さなかった“母”を心の中で乗り越える、静かで大きな儀式なのです。
「私の中には、力がある。
私の命を守れるのは、私自身だ。」
そう気づいたとき、グレーテルは“子ども”ではなくなります。
泣いてばかりだった少女が、自分の手で世界に立ち向かうようになったのです。
そして、帰り道。
グレーテルの足取りは、もう以前とは違います。
お兄ちゃんと並んで歩くその姿は、
「母から切り離され、自分の人生を生き始めたひとりの人間」としての第一歩。
この物語は、私たち誰もが心のどこかで経験していることかもしれません。
愛を求めていたのに、与えられなかった日々。
やさしそうに見えて、心を縛るような言葉や態度。
それらを抱えたまま、「それでも私は私を守る」と、前に進んでいく道。
グレーテルは、私たち自身でもあるのです。
何にかはよくわからないけど…なんだか負けそうになる時、
疲れた時、言いようのない怒りに身を焦がされそうな時…
そんな目に見えない「重石」を感じるような時こそ、
あなた様自身の希望あふれる物語を、一緒に形作っていきましょう。
未来に笑う為に、
「今ここ」にある重石を、目印となる小石に変えて撒き、
「道」を見出しましょう。
どうぞ、なんでも自由にお話しください。
お待ちしております。
由禧(よしき)
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- 【性別】
- 女性
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